6月 2013 のアーカイブ

最近、日が長くなりましたね。
店が終わって皆で帰るときに、、ま~~だ明るいということが多々あります。

まっすぐ帰るには・・もったいないですけど、
息子と遊んで愛犬を散歩に・・・なんて思うと寄り道は出来ませんな(^^;;;

さて、前回の書き込みにて、
問題を受け入れるということを話しましたが、その前に、仕事の中で、
問題を「避けるものだ、避けたい、考えたくない」とか「あってはならないものだ、ないほうがよい」と
思っている人がいるのも事実です。

前者は、ひたすらリスクを取らずに自分の考えを先延ばしにするでしょうし、後者の人は、問題を隠
したり、ごまかしたり、敢えて見て見ないふりをします。

私には関係ない・・・とばかりに無視することもあるのでしょう。

なんか・・・違いますよね。

主体性をもって考えると、、
給料を貰って働く人にとっては、「問題を解決する」のが仕事だと思います。そして当然、「問題は起
こる」のが前提です。

なんの問題もないほうがいい・・・・・ そんなことあるんでしょうか?

たぶん問題があるから、その人はそのポジションにいられるのではないでしょうか。
つまり、私達の給料は、その問題を解決するための対価として支払われてるんじゃないですかね。

居酒屋なんかで、、仕事の愚痴を言ってる人がいますでしょ。
よく見る当たり前の光景・・・・・なんでしょうか。

いやいや、、、ちょっと・・違うような。

たぶん、そういう人の周りには、同じように愚痴ばっかり言う人が集まっているので、「世の中の人は全員が
愚痴ってるに違いない」と思い込んで愚痴を言い合ったりしているんじゃないですかね。

ですが、自分が知らない世に出てみると、様々な方たちがいて、以外に愚痴を言わない人っているんだなと気づきます。
そういう人に話を聞くと、愚痴る人に全然会わないっていいます。類は友を呼ぶってことでしょうか。

主体性を持った愚痴を言わない人は、目の前に問題が出て来たら「おっ、問題がある。じゃあ解決しないと」と考えるんだ
そうです。

そういう時に「あちゃー! 問題がある。なんだよこれ」とか言ってる人とは根本的に合わないんでしょうね。

自分の給与が何に対して払われてるのか、、、大事ですね。
間違えないほうがいいです。
給料は「なんの問題も起こらない状況で、私達が粛々と作業をすることの対価」として支払われているのではありません。

「問題を解決することへの対価」として払われていると理解したほうが成長できます。

勉強は何のためにするのでしょう。
算数や国語、社会・・・たぶん問題を解決する能力を養うためにするんでしょね。

息子にも早く気づいて欲しいなぁ、、なんて思っているのですが・・なかなかね(汗

たぶん、今年もたくさんの問題が待ち受けています。

お客様からのクレーム、、、スタッフ同士のイザコザ、、、上司からの無理難題、、。

良かったですね。(^^

問題がある限り、私達の仕事は存在しつづけます。

有能で物わかりの良い先輩が(または後輩が、妻が、夫が、子供が、姑が)、すべての問題の手順や解決策を
揃えて私達に与えてくれて、、、、、

物わかりも金払いもすこぶる良いお客様が、何も言わなくても商品を買ってくれて、文句も言わずに御礼を言ってくれて、、
自分の仕事を完璧に理解してくれるスタッフが、様々な業務を完璧に支援してくれる。

そんな状況だったら、仕事がしやすいなぁ。。。


無いですね。。笑

勘違いしてますよ。だってそんな状況だったら、お店はあなたを雇っておく必要がないでしょう。


少し厳しいことを書きましたが、、老いるまで飯を食べていく働き方の基本になるのだと私は思います。